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神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)619号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

一  被告は、原告に対し、金二二八万六六〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨の判決。

第二  主張

(原告)

〔請求原因〕

一 造影術施行に至る経過、血腫の形成

1 原告は、右前胸部痛で、昭和五七年八月二〇日被告の開設する神戸市立西市民病院(以下「被告病院」という)で外来診察を受け、検査のため同年八月三一日同病院に入院し、同年九月八日までの間、食道造影(透視)、食道ファイバー、気管支造影等の検査を受けたが、異常はなかった。

同月九日、同病院の外科医浜口潔(以下「浜口医師」という)は、原告の右鼠蹊部大腿動脈からのセルディンガー法による気管支動脈造影術を施行したが、その結果、右股関節部(右前腰部)に血腫を形成せしめた。

2 原告は、右前胸部痛の検査を受けるだけの予定で被告病院に入院したもので、入院期間は二週間位との説明を受けていたのに、血腫形成後、右大腿部、右臀部、右鼠蹊部等に錐で穴をあけられるような激しい疼痛を覚えるようになり、この血腫後痛のため被告病院の整形外科で治療を受けなければならなくなり、そして鎮静剤の注射により両耳の耳鳴りが生じ、耳鼻咽喉科で受診するなどしたために、入院期間は約二か月に及び、退院したのは同年一一月一四日であった。

退院後も、原告は、血腫後痛の治療のため被告病院に約二週間に一度の割合で通院したが、軽快しないので、昭和五八年六月二九日から大阪医科大学附属病院に転医し、そのほかに自宅付近の野瀬病院等にも通院した。

現在、痛みは最重症時よりはやや軽減したものの、階段の昇降の際に血腫のあった部分が痛み、寒冷時や降雨の半日位前から痛みが激しくなり、降雨時にかけての痛みは耐え難く、痛みの激しいときは、目頭から涙が出て人と話すのも嫌になり、無性に腹が立つ状態となる。

二 被告の責任

原告の前記の被告病院での受診、入院は、被告との間で適切な治療を受ける診療契約を締結したからであるところ、被告に雇用されている浜口医師の左の義務違反により血腫の形成、それによる痛みが生じるに至ったので、被告には右診療契約につき債務不履行がある。

また、原告の右痛みは、同医師の左の義務を尽くさなかった過失に基因し、同医師の不法行為によるところ、被告は、同医師の使用者である。

よって、被告は、債務不履行により、二次的には不法行為者の使用者として、原告が被った損害を賠償する責任がある。

1 操作の誤り

セルディンガー法は、動脈、静脈に外科的操作を加えないで行う経皮的カテーテルの血管内挿入による造影法で、注射針を血管に刺し入れ、血液の逆流によって正しく血管に刺し入れたことを確かめた後、動脈針を通って金属製のガイドワイヤーを血管内に進め、血管の刺入部を圧迫しながら注射針のみを引き抜き、カテーテルをガイドワイヤーにかぶせて血管内に刺入させ、このカテーテルから造影剤を注入する。

浜口医師はこの造影術施行にあたり、注射針あるいはカテーテルを血管に刺し入れる際に操作を誤ったか、注射針が正しく刺し入れられたことを確かめずにガイドワイヤーを血管に進めたことによって血管を損傷させ、右大腿動脈の刺入部に血腫を生じさせた。

2 説明義務違反

セルディンガー法による気管支動脈造影術を施行する際、浜口医師には原告に血腫形成の可能性及びその予後について説明をなすべき義務があるのに、まったくその説明をしなかった。そのため、原告は、セルディンガー法の危険性を知り得ず、諾否について判断する機会を与えられないでその施行を受け、右傷害を受けるに至った。

3 安静指示義務違反

血管造影後、被検査者は約二四時間の安静臥床及び監視を要し、浜口医師も原告に二四時間安静にするようにと指示した。

同医師は、原告に昭和五七年九月九日午後二時二五分局部麻酔を開始し、同日午後四時二五分血管造影を終えたのであるから、翌日午後四時三〇分まで安静にさせるべきであったのに、翌一〇日午前一一時原告を車椅子で三階の病室から一階の検査室まで運び、午前一一時五〇分頃胃カメラによる検査を施行し、原告が病室に戻ったのは、一二時一〇分である。

二四時間の安静は諸々の合併症を防ぐための絶対的条件で、浜口医師の右のような安静指示義務違反により、原告に血腫形成後痛が生じた。

4 予後の治療義務違反

原告のごとく大きな(超鳩卵大)血腫が生じ、神経や血管を強く圧迫し、屈曲困難な状態が発現した場合には、可及的速やかにこの血腫を摘出するべきであったのに、浜口医師がこれを怠ったため、原告に血腫後痛が残存することになった。

5 転医指示義務違反

被告病院で原告の血腫後痛を治療できないのであれば、速やかに治療可能な施設に転医を指示すべきで、そうすれば血腫後痛を消失させることができる可能性があった。しかるに、被告病院では漫然と保存的療法を続け、術後九か月半を経過した昭和五八年六月二七日になって転医を指示した。しかし転医の指示が遅かったため、充分な治療効果が得られず、原告に血腫後痛が残存するところとなった。

三 損害額

(一) 治療費 二八万六六〇〇円

1 被告病院関係

入院雑費 六万一〇〇〇円

通院交通費 八四〇〇円

2 大阪医科大学附属病院

治療費 八万七九四〇円

通院交通費 六万八五八〇円

3 野瀬病院

治療費 八〇〇円

4 乗金耳鼻科

治療費 七八〇〇円

5 王診療所

治療費 四万二〇〇〇円

通院交通費 一万〇〇八〇円

(二) 慰謝料 二〇〇万円

よって、原告は、被告に対し、右損害金合計二二八万六六〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(被告)

〔請求原因に対する認否〕

一項中、被告が被告病院を開設していること、原告が被告病院の外来診察を受け、検査のために入院したこと、セルディンガー法による造影術により原告の右鼠蹊部に血腫が生じたことは認めるが、その部位は穿刺部であって、原告が主張する部位ではない。原告の被告病院における診療経過は後記のとおりで、これに反する原告の主張は争う。

二項中、被告が浜口医師を雇用していることは認めるが、その余は争う。その詳細は、後記のとおりである。

三項は争う。

〔被告の主張〕

一 診療経過

1 原告は、昭和五七年八月二〇日被告病院外科外来で右第四肋軟骨部の痛み、圧痛及び右肩への放散痛を伴う右前胸部痛を主訴として受診したが、貧血、黄疸はなく、呼吸音、心音ともに清で異常は認められなかった。原告の訴えでは前胸部痛は日時により変化し、アルコール、冷水等を飲用すると増強し、軽度の咳を伴うとのことで、原告には動悸、冷汗等の既往症があった。

原告の前胸部痛の原因としては、消化管、肺、肋膜、縦隔の良性または悪性疾患、狭心症、心筋硬塞、心膜炎等の心疾患、胸部大動脈瘤、動静脈瘻他の血管性疾患、神経、骨の疾患等が考えられた。

原告は、右前胸部痛の原因究明、検査を主目的として同月三一日被告病院に入院し、同日胸部X線撮影、九月一日に血液検査一般、同二日に尿検査、同三日にCEA検査(悪性腫瘍か否かの血液検査)、食道ファイバー、胸部CTをそれぞれ施行したが、検査結果に何ら異常は認められなかった。

同月六日に原告は、右前胸部及び右腰部の痛みを訴え、同七日浜口医師が前胸部及び右腰部に神経ブロックを施したところ、同日午後二時頃には前胸部の痛みが楽になり、同午後八時頃には右腰部痛も軽減したと述べた。

2 原告に施行した諸検査に異常が認められず、かつ、原告の訴える痛みが拍動性を思わせる痛みなので、浜口医師は、その原因として血管性疾患及び肺疾患を強く疑い、大動脈及び気管支動脈造影の必要性を認め、セルディンガー法による血管造影術を施行することにした。

血管造影は、動脈の切開式カテーテル法か、セルディンガー法のいずれかによって行われるところ、切開式カテーテル法は、血管を露出、切開し、その部位からカテーテルを挿入し造影剤を注入してX線撮影を行う方法で、検査終了時に切開部を縫合するため確実な止血が可能だが、操作に時間がかかるのと、血管を直接切開するため、繰り返し検査することが困難であること等から最近はセルディンガー法による血管造影が広く用いられている。

被告病院では、セルディンガー法造影術を施行する際には、検査前に患者に対し血管造影法の必要性、その施行方法及びそれによって生じる一般的な合併症、すなわち造影剤ショック、疼痛、出血、血腫などについて説明し、「手術・検査承諾書」に署名・押印を得ている。そして血管造影の前日に、動脈穿刺部に当たる両鼠蹊部を清拭、剃毛し、造影剤、抗生剤のアレルギーテストを行い、当日昼は絶食のうえ、点滴を開始して血管を確保し、膀胱にバルーンカテーテルを留置した後、造影を実施する放射線室へ患者を移送する。造影開始三〇分程度前にソセゴン(30mg)、硫酸アトロピン(0.5mg)を筋注し、両鼠蹊部を消毒し、清潔な敷布を全身にかけた後、鼠蹊靱帯から二~三センチ足側で大腿動脈を触知し、穿刺する部位を確認し、皮膚に局所麻酔(カルボカイン)を施し、メスで二~三ミリ小切開を皮膚に加える。そして、動脈穿刺針の一種であるベニューラ針(外套はテフロンでスチールの針を有する)でもって、大腿動脈の中央を四五度の角度で一気に前後壁をつらぬくように穿刺する。次いでベニューラ針の内側を抜き、テフロン外套のみとしてゆっくりとテフロン外套を皮膚のほうへ引き抜き、テフロン外套より勢いよく血液が流出するのを確認する。これによりテフロン外套の先端が動脈血管内へ正しく入っていることが確認できるわけである。血液が勢いよく流出している状態でテフロン外套を倒して、先端を動脈内に確実に挿入するため、より深く押し込む。さらにテフロン外套より長さ約三〇センチのガイドワイヤーを挿入する。この時必ずテレビ透視下で行い、ガイドワイヤーが抵抗なくスムーズに動脈本幹を進んでゆくことを確かめることで、ガイドワイヤーが正しく血管内へ挿入されているか、ガイドワイヤーが側枝でなく正しく動脈本幹を走行しているか、血管に蛇行、屈曲、狭窄などがないかを確認する。すべてが正常な状態であることを確かめたうえで、テフロン外套が血管内に入っている部位を左手指で圧迫し、血管からの出血を防ぎながらガイドワイヤーを残し、テフロン外套を抜去する。次にテフロン製シース(〈欧文表示省略〉および逆流防止弁付き)をガイドワイヤーを通して血管内に挿入する。この時も必ずテレビ透視下で行い、テフロン製シースの先端による血管損傷の有無、テフロン製シースの正しい走行を確認する。テフロン製シースを十分に血管内へ挿入した後、ガイドワイヤーおよびシースの中筒(〈欧文表示省略〉)を抜去し、外側のシースのみを残す。このとき、逆流防止弁の作用でシースからの血液の逆流はない。血栓形成防止のためヘパリン0.5~1mg/kg点滴から側注する。次いでシースを通してカテーテルを挿入する。このカテーテルの挿入交換及びカテーテルの血管内走行の際も必ずテレビ透視下で行う。造影剤注入は特殊注入器で行い、造影中は看護婦、医師がそばについて血圧、心電図、患者の全身状態の変化をモニターし、すべての造影操作が終了した後、透視台又はストレッチャー上で被検査者の穿刺部の血管を三〇分間圧迫止血する。一度の圧迫止血によっても止血できない場合はもう三〇分間この作業を繰り返す。そして、完全な止血を確認した後、ガーゼ枕を穿刺部の血管上に置き、絆創膏で強く留め、さらにその上に1kg砂嚢を置いたうえで、足背動脈が触知することを確かめて被検査者を病室に帰室させる。病室でも絶対安静とする。

原告についても、右の手順で検査をしており、浜口医師は九月八日に原告に対し、大動脈及び気管支動脈造影の必要性、その施行方法及びそれによって生じる一般的な合併症、すなわち造影剤ショック、疼痛、出血、血腫などについて説明したところ、原告は十分了承し、納得したうえで「手術・検査承諾書」に署名・押印した。同九日午後、浜口医師らは原告に対して、右大腿部を穿刺部位としてセルディンガー法による大動脈及び気管支動脈造影術を施行した。当該造影に当たっては、何ら不都合は生じず、造影はスムースに完了し、問題はなかった。

二 原告主張の義務違反はない。

1 原告は、浜口医師が造影操作中に原告の血管を損傷したと主張するが、造影時に血管損傷をきたした場合には、大量出血、激痛、ショック状態の出現等重大な合併症が生じるため、ただちに外科的処置を必要とし、造影の続行は不可能となる。本件造影においてはそのようなことはなく造影を完了しており、そのようなことがなかったことは明らかである。

造影終了後の止血についても、圧迫により完全な止血を確認した後、原告を病室へ戻し、病室で引き続き穿刺部に砂嚢を置いて圧迫止血をし、絶対安静を指示しており、医師としてなすべきことはすべてしている。術後、血腫が発生した部位は穿刺部であり、この点からも原告が主張するような血管損傷の操作ミスは考えられない。

血腫は生じたが、外科的処置を要するものではなく、受忍の範囲内のもので、九月一六・一七日頃には超鳩卵大くらいになったが、一〇月四日には縮小し、一一月二日の段階では消失している。

セルディンガー法による血管造影法は、極めて優れた診断法であるが、その手法が直接血管に器具侵襲を加える-つまり、動脈穿刺針により直接動脈を穿刺し、かつ、ガイドワイヤーを用いて順次血管へ器具を挿入していくため、造影時において何等の過失、操作の不適切がなくても不可抗力的に事後穿刺部及びその周囲に出血、皮下出血、血腫形成等何等かの合併症が発現することは起こり得ることであるが、原告の主張するような長期かつ強度の痛みが残ることはない。

2 浜口医師は検査に先立ち、原告に対し、血管造影の必要性、方法及び合併症について詳しく説明し、原告は納得のうえ承諾書に署名・押印をしたもので、同医師に説明義務違反はない。

3 血管造影後の二四時間の安静臥床は原則的なことで、場合によっては翌朝穿刺部に出血のないことを確認して他の検査を行うこともある。

原告の場合も、翌朝穿刺部に出血のないことを確認したうえ、穿刺部の安静を保つために車椅子で移動したうえ胃カメラの検査をし、検査終了後、引き続き安静を指示しており、安静指示違反はない。

4 前記のとおり、造影後生じた血腫は、一一月二日には消滅しており、手術により摘出する必要はなかった。

5 血腫後痛については、消炎鎮痛剤の経口投与で、充分よくなり、血腫がなくなれば痛みもなくなる。血腫消失後の痛みに対しても、浜口医師は、被告病院整形外科に紹介し、そこではマイクロ波をあてるなど充分な治療を行った。大阪医大附属病院での治療方法は漢方を中心とした対症療法で、被告病院での治療と基本的に差異はない。

原告に右病院を紹介したのは、原告の痛みが軽快したり、増強したり、場所が一定しないなど、理解し難い点があったからで、転医の時期が遅きに失したことはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告が昭和五七年八月二〇日右前胸部痛を主訴として被告病院で外来診察を受け、検査のため同月三一日同病院に入院し、浜口医師によって同年九月九日にセルディンガー法による血管造影術を受け、その後に原告の(正確な位置についてはおくとして)右鼠蹊部付近に血腫が生じたことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、セルディンガー法造影術は、血管に挿入したカテーテルから直接造影剤を注入して行う造影方法で、原告の場合、

1  ベニューラ針(外套はテフロンでスチールの針を有する)を右鼠蹊部(右大腿部付根付近)に穿刺し、鼠蹊靭帯から二~三センチ足側の大腿動脈の中央を右上四五度の角度で一気に前後壁を貫き、それからベニューラ針の内側の針を抜いてテフロン外套のみとしたうえ、テフロン外套を皮膚のほうへ引いて、その先端を動脈血管内へ入れ(テフロン外套より勢いよく血液が流出するのをもって確認する)、テフロン外套を倒してその先端を動脈内に確実により深く挿入させ、

2  次にテフロン外套から長さ約三〇センチのガイドワイヤーを挿入させ、テフロン外套を抜去し、このガイドワイヤーを通してテフロン製シースを十分に血管内へ挿入させたうえ、ガイドワイヤー及びシースの中筒を抜去し、外側のシースのみを残し、そこから血栓形成防止剤を注入し、それからシースを通じてカテーテルを胸部大動脈まで挿入し、造影剤を注入したうえ連続撮影し、続いて気管支動脈にカテーテルを挿入して気管支動脈の撮影をし、

3  右操作終了後、原告をストレッチャー(運搬台)に移し、そこで穿刺部の血管を圧迫し、止血を確認した後、ガーゼ枕を穿刺部の血管上に置き、絆創膏で強く留め、さらにその上に砂嚢を置いたうえ、原告を病室に戻し、安静にさせた

との手順でなされたことが認められる。

二  このようにセルディンガー法造影術は、大動脈を針で貫くので、当然に出血し、穿刺部周囲に皮下出血、血腫形成等が発現する。一方、〈証拠〉によれば、血腫の生じた位置について、原告は、ベニューラ針を穿刺した右鼠蹊部(右大腿部付根)ではなく、この針が右上方四五度で動脈を貫いたその先端部にあたる股関節部(右前腰部)であると供述し、そしてその箇所に現在でも激しい痛みがあると訴えている。そこで、原告に生じた血腫と原告の訴える痛みとの因果関係について検討する。

〈証拠〉によれば、一般に、内出血は重力で下方に移るので、原告の主張、供述するような穿刺した針の上端部位に血腫が生じることは考えにくく、さらに、〈証拠〉によれば、原告は右全胸部の「ザック、ザックとした痛み」(拍動性の痛みと窺われる)を主訴とし前記のとおり昭和五七年八月二〇日被告病院で受診し、翌二一日に胃の透視を受けたが、この時原告は、三日前にバックミラーで腰を打ったと述べていたこと、そして右前胸部痛の原因究明のための検査を主目的として八月三一日被告病院に入院し、その後、胸部X線撮影、血液検査、胸部CT等をそれぞれ受けたが、検査結果に何ら異常は認められなかったこと、同年九月六日原告は右前胸部に鈍痛及び右腰部に「ザック、ザックとした痛み」を訴え、翌七日浜口医師が前胸部及び右腰部に神経ブロックを施したところ、原告は痛みが軽減したと述べたこと、同月八日浜口医師は、セルディンガー法造影術を施行することの承諾書である「手術・検査承諾書」に原告の署名・押印をさせたが、この日も原告は前胸部の痛みと臀部のきりきりした痛みを訴えていたこと、同月九日前記のとおりセルディンガー法血管造影術が施行されたが、翌一〇日原告は穿刺部が気持ち悪いと訴え、この部分に内出血があったこと、この日に浜口医師は原告の胃カメラ検査を施行したこと、同月一二日に原告は許可を得て外出したが、帰院後右鼠蹊部の内出血が大腿部に広がっていたこと、一三日、一四日とも大腿部の内出血は拡大し、原告は違和感、痛みを訴えたこと、同月一六・一七日頃に血腫が生じ、超鳩卵大くらいになったこと、カルテの記載は、同月二二日右鼠蹊部の皮下出血、右大腿動脈に動脈瘤がある、同月二二日頃から血腫は縮小するようになり、一〇月四日には縮小し、一一月二日には消失したとなっていること、この間原告は終始、胸部、鼠蹊部、腰部の痛みを訴えていたが、当初の胸部痛の訴えは原因不明のまま減少し、鼠蹊部、腰部の痛みの訴えはその位置が一定でなく、一〇月一六日には現在原告が痛みを訴えているところとほぼ同じ位置に「ザック、ザックとした」痛みを訴え、一〇月二〇日には臀部外側の痛みを訴えていたこと、浜口医師は、一一月二日被告病院整形外科に「セルディンガー法施行後、穿刺部に血腫を形成し、歩行障害があった。血腫が消退し、痛みも軽快するに従い、右臀部に疼痛を訴えている。診察、加療をして貰いたい。」と書面で診察を依頼し、整形外科からは「右鼠蹊部痛、股関節屈曲、外転、外旋にて痛みが強いようである。マイクロ波を行う。」との回答があったこと、その後原告の痛みは軽快し、一一月一四日に退院したが、同月二二日に腰部付近の痛みを訴えて診察に訪れ、以来、昭和五八年六月二七日まで被告病院に通院していたが、同月二九日大阪医科大学附属病院に転医し、昭和六一年八月末まで主に漢方薬による治療を受けていたことが認められる。

このように、原告の訴える痛みのある位置と血腫の生じた位置とは異なること、原告はセルディンガー法造影術施行前から右腰部の打撃による痛みを訴えており、血腫消滅後も相当程度の痛みを訴え続けていることを総合考慮すると、現在原告の訴える痛みが原告に生じた血腫に起因するものとは認め難く、他に右因果関係を認めるに足りる証拠はない。

三  原告が主張している浜口医師の説明義務違反、安静指示義務違反、予後の治療義務違反、転医指示義務違反は、いずれも、原告の訴える痛みがセルディンガー法造影術によって生じた血腫に起因することを前提としているところ、右の次第でその前提を欠くから、認めることができない。

四  よって、原告の本訴請求は、その余を判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 岡部崇明 裁判官 井上薫)

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